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Channel: 音楽とかギターとかテキトーに・・・
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今度は“飛鳥涼がいかに偉大か”を語ってみる~「kicks」①~

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さて、ASKAの凄さを伝えよう第2弾

お題は、誰がなんと言おうとASKAソロの最高傑作「kicks」でございます。



ちょー毒はいちゃおうかなぁ・・・

個人的な意見&推測ですけど。


当時このアルバムおよびツアーを否定したファンはアホ


そして・・・


彼が今の惨状に至るひとつのきっかけがアルバム「kicks」と「kicksツアー」の興行的失敗にある気がする


と。



このツアー、ヤフオクで1000円くらいでチケットが買えたんで東京公演ほとんど見てるんですよ。

裏を返せばチャゲアス関係で代々木にあんなに空席があったのを見たことがない。

んで、ASKAそのものの集客が無くなってたのかっていえばそんなことはなくて、次のオリジナルアルバムがない「good time」ツアーではほぼ同じ本数代々木をやって客席は満員なわけですよ。

よーするにその時の客は「kicks」にノーを出した、と。


これが信じられん


まぁ分かるんですよ。

あのアルバムを「はじまりはいつも雨」や「SAY YES」、はたまた「PRIDE」「on your mark」を求めるファンが聞いたら「???」であるということも、

ライブも声出てない、代表曲をことごとくセットから落とす、MC少な目・・・


そりゃ評価しろって方が無理


って話なんですが・・・苦笑


でもチャゲアスならともかく、あれは本人が「実験の場」と言っていたわけですよ。

んでもってサウンド、アレンジ、歌詞・・・はもう尖りまくりのカッコ良すぎ。

なにより唯一「CHAGE & ASKA」から完全に離れた”ソロアーティストASKA”を感じさせる作品なんです。

そもそも初のソロツアー「ID」を見た時の感想として

「無理にMCしたり演出を入れるなら、ノーMC・余計な演出なしでひたすら歌い倒す外タレ(それこそクラプトンみたいな)スタイルの方がソロではカッコいい気がする」

というのがあったんで、この「kicks」ツアーのスタイルの変化は凄く自然だったと思うし、好ましい変化だと感じていました。


ところが客は彼に「ひとりチャゲアス」を求めた、と。


なんつーかなぁ・・・


あの世界観を理解しようともしなかったファンが多数いた


というのは本人的には結構ショックだった気がするんですよ。


もちろんファンってのはその対象を自由に聞けばいいし勉強したり頭使ったりする必要もないとは思うんだけど・・・

とはいえ当然ながら作品を「理解」をしようとする努力をした方がそのミュージシャンに近づけると思うし、ミュージシャン本人も喜ぶと思うわけで、それをしないで「変わっちゃった」とかいうのはちょっとなぁ…と。




ちなみに同時期、チャゲアスでも「電光石火」ツアーのファンクラブ限定のプレビューが相当攻めたセットリストだったんだけど、結局レギュラーツアーに入ると「WALK」や「no no darlin'」あたりの定番曲が入る中途半端な選曲に落ち着いたんですよ。

個人的にはプレビューのままのセットリストでツアーに突っ込んでほしかったと感じてたりもしたんですが。



アルバム「kicks」とシングル「群れ」

この辺で表現者としての根本を「攻める」ことを諦めちゃった気が少しするんですよ。

実際この後のライブで“kicksツアーのようなゾクゾクする感動”があったのって、最後という意識で望んだっていう「alive in live」位だし。



んでさぁ・・・

「WALK」「ROCKET」ツアーでも不自然な位に「kicks street」を熱唱してたじゃない?

両ツアーとも「心の底からの歌」を一番感じたのってこの曲な気がするし。

ある意味意地になって歌ってるようにすら見えた。


この辺は感じるものがあるなぁ、と。


極論を言えば、ASKAをああさせた原因のひとつは、僕を含めた“ファン”という部分すらある気がします。





ってなんかよー分からん熱弁で長くなったので、アルバムやツアーの内容は別記事でw




カッコ良すぎる・・・・

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